[book]日本の社会史 8 生活感覚と社会
日本の社会史〈第8巻〉生活感覚と社会
1987年刊。そういえば80年代は中世史や社会史のブームがあった。

Ⅲ章、近世における住居と社会 玉井哲雄
民家の研究史がさらりとまとめてある。
 民家が研究対象になったのは1916年の白茅会発足から。(柳田國男今和次郎大熊喜邦など)
 戦後の農村生活改善運動により多くの研究者が農村建築の実態調査を行い、質・量とも増えた。
 戦後民主主義による価値観の変化のなか、民家も文化財として保存しようという動きが出た。
 1950、60年代を経て方法論も確立。「復原と編年」
 1966 文化庁全国民家緊急調査開始(77年まで)
80年代というのはこれらの蓄積をふまえて分析する期間、そして、新たな研究の視角が探られていた時代ということだったんだろう。
それは民家の形式の分類や変遷の探求にとどまらず、たとえば、その形式が形成された背後の歴史的・社会的事情をあきらかにしようとするものだったり、ある村まるごと姿を求めることだったり、近世民家の成立過程を探ることだったり。
本論文のキモは
「広間型平面の民家とは、近世初期における単婚家族小農経営の開花による生産力の上昇、経済的発展に伴い成長してきた本百姓が獲得した社会的地位に対応した住居形式である。」
ということらしい。
また、本論文は民家2系統説をとる。即ち、民家には寝殿造りを源流とする公的な性格を帯びた開放的な空間(前庭、デイ)をそなえた系譜と、竪穴式住居を源流とする小規模で閉鎖的な系譜とがある。
それに対して平井聖などは1系統説をとり、竪穴式から高床住居が発展したとするのだそうだ。

Ⅶ章、普請と作事 三鬼清一郎
 陰陽師をめぐる史料を中心に中世の人々が今でいう土木や建築をどのように捉えていたかを考察。
土木や建築はなんでも好き勝手にやっていいというわけにはいかないのは今も昔もおなじ。いろいろな規制に縛られている。ただその規制のしかたはかなり異なる。
昔は、政治権力により、社会秩序や身分秩序を乱さないことという規制がはっきりとあった。例えばある地方では民家に破風を設けてよいのは上層の一部に限られていた。(それは今は法じゃなく財力の問題だ。)
そういう上からの規制以外に、人々の心にすりこまれていたのがカミへの畏怖があり、それはいわば下からの規制として建築や土木のありかたを規制していた。
もっとも、それが具体的に建築にどう影響を与えていたかまでを論ずるのは困難だろうけど。
今だって建物への内なる規制というのはあるだろう。たとえば家の外壁をけばけばしいショッキングピンクで塗りつぶすような人はめったにいないと思うが、それは誰かに禁止されているからではないはず。(土地によっては景観条例などではっきり規制されているかな。紫色の家なら実際に近所にあるのだが。)