NHK受信料とネット

2chのネタにすぎないのかもしれないが、昨日
http://www.2ch-vivi.mydns.jp/2010/03/pcnhk.html
にこんな話が話題になっていた。twitterでもこれへ反発するコメントが多量に流れた。

3月5日に閣議決定された通信と放送の融合に向けた放送法や電波法などの改正案に、インターネット接続に対してNHK受信契約を義務付ける条文が盛り込まれていることが判明した。
現在の放送法ではインターネット接続しているPCに関しては、NHKとの受信契約を結ぶ義務は無いが、改正案ではこれらのPCも受信契約の対象となる。

これが本当ならとんでもないことだと思う。
なぜか。

NHKなんて解体民営化せよと思っている人はすくなからずいるわけで、そういう人は受信料なんて払わない。しかしNHKはそれらの人から受信料をとるべく訴訟もたくさん起こしており勝っているケースも多いはず。
ならば、そもそも契約なんてしなければよい。TVを持たなければまったく合法的に受信料など払わずにすむ。
テレビを持たないからといって生活にそれほど困るわけではない。他にも情報源などいくらでもあるのだし。

しかし上記の話が本当ならばこの手が非常に使いにくくなる。ネットなんて使わなければ同じ手が使えるのだが、ネットは今や単なる情報源ではなく通信手段として人々の重要な生活インフラのひとつといっても過言ではない。したがってネットにつながないことから被る不利益はテレビの比ではない。

百歩譲ってテレビという装置はテレビを見ることにしか使えないのだから、それを持つということは当然NHKを見るということでしょう、という論理を認めるとしても(いや、本当はそれすら認めたく無いのだが、まあ、話の都合上。)、
ネット接続のPCは、テレビを見る以外にテレビとは関係のないあらゆる使い方がされているわけで、そのためにのみPCを持っている人に対してNHK受信料請求など、まったく理不尽だ。

NHKを否定し受信契約を拒否すること自体は思想・信条の自由にかかわる基本的人権として認められることなのだから、それを実行することに対して多大な不利益を課すことになる「ネット接続PCへの受信料請求」などということはよっぽど強力な論拠がなければできないことのはずである。

と、こんな風に考えて、はたしてこれ本当か?いくらなんでもそんなことできないんじゃ?
実際の法律にはどんな風に書いてあるのかと思って
http://www.soumu.go.jp/menu_hourei/k_houan.html
にリンクされている改正案をざっと読んでみた。
いやはや法律なんてまじめに読むのははじめてなのでマイッたという感じ。
素人が読んでもなんのことだかさっぱりわからない。
これらを読んで、冒頭の話を引き出すというのはそれだけでスゴい。
いったい誰がそれを主張したのか知りたいものだ。

それはともかく、素人ながらわかったつもりになったのは以下のこと。

まず、NHKについては放送法という法律で定められている。受信料については現行法では

第六節 受信料等
(受信契約及び受信料)
第三十二条 協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。
2 協会は、あらかじめ総務大臣の認可を受けた基準によるのでなければ、前項本文の規定により契約を締結した者から徴収する受信料を免除してはならない。
3 協会は、第一項の契約の条項については、あらかじめ総務大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも同様とする。

となっている。
それが改正案では

第六節 受信料等
(受信契約及び受信料)
第六十四条 協会の放送を受信することのできる受信設備を設置し
た者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければなら
ない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放
送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及
び多重放送に該当しないものをいう。第百二十六条第一項におい
て同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設
備のみを設置した者については、この限りでない。
2 協会は、あらかじめ、総務大臣の認可を受けた基準によるので
なければ、前項本文の規定により契約を締結した者から徴収する
受信料を免除してはならない。
3 協会は、第一項の契約の条項については、あらかじめ、総務大
臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするとき
も、同様とする。
4 協会の放送を受信し、その内容に変更を加えないで同時にその
再放送をする放送は、これを協会の放送とみなして前三項の規定
を適用する。

となっている。
つまり、4が追加されている。それ以外はほとんど変わってない。
ありゃ?これでどうしてネット接続PC云々なんて話になるの?と思ったが、
冒頭のニュースサイトでは放送法第二条と合わせて伝えられているのだ。
大事なのは、第1項でいう「協会の放送」というところらしい。
現行法では

(定義)
第二条
一 「放送」とは、公衆によつて直接受信されることを目的とす
る無線通信の送信をいう。

と始まる第二条において延々といろいろな言葉が定義されている。
その始めがこの、「放送」とは、である。無線通信のみを放送と定義しているのだ。
それが放送法改正案では同じく第二条が定義となっていて

第二条
1 「放送」とは、公衆によって直接受信される事を目的とする電気通信(電気通信事業法(昭和59年法律第86号)第2条第1号に規定する電気通信をいう。) の送信(他人の電気通信設備(同条第2号に規定する電気通信設備をいう。以下同じ。)を用いて行われるものを含む。)をいう。

以下、やはり延々といろいろな言葉が定義されている。
ここでは「放送』が無線以外にも広げられ、電気通信事業法でいうところの電気通信によるものを放送と定義しているのだ。
つまり、インターネットによる番組の配信も放送としてNHKが行ってよいことになる。現行法ではNHKはそれができないのだ。NHKができるのは現行法第二条で定義された放送だけなのだから。
ここが今回の放送法改正の大変大きなポイントのひとつなのだ。で、冒頭の話にもどると、このニュースサイトは
改正法の第二条と受信料の条との組み合わせれば、「ネット接続のPCは協会の放送を受信することのできる受信設備なのだから、それを設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。つまり受信料を払わなければいけない」という議論にもってきたわけだ。
しかし、本当だろうか?第六十四条には続けて

ただし、放送の受信を目的としない受信設備 (略) のみを設置した者については、この限りでない。

と明記されているのだから、これを盾に、「私のPCは受信を目的とした設備ではない」と主張すれば仮にNHKから受信料を請求されても正当に拒否できるのではないだろうか。

というわけで、すぐにネットPCだからといって受信料を払うという話しにはいまのところならないだろうと私は思っている。
昨日のいっとき以外、この話で盛り上がった様子もないところを見るとさすがにただのネタだったのかとも思う。

しかし、ではPCに受信料請求の話はまったく杞憂なのかというと、全然そんなことはない、ということも今回いくつか検索してみて始めて知ったので、私にとってはこちらのほうが驚くべき話だった。

それは、当のNHKの放送文化研究所のサイトのひとつのページである。
http://www.nhk.or.jp/bunken/book/media/media08120101.html

ドイツPC 受信料の波紋
〜行政裁判決と徴収方式変更論議の背景〜
2008年12月号「放送研究と調査」

と題する、1年以上前の記事だ。

否定された,全PCからの受信料徴収
 10月6日,ミュンスター行政裁判所は,インターネット接続可能なパソコンを所有しているだけでは,受信料(Rundfunkgebühr)の支払いを義務づけられないという判決を下した。ドイツでは2007年1月から,世帯として受信料の基本料金(ラジオ受信料)もしくはテレビ料金を支払っていない場合に限り,パソコンや携帯電話の使用者からも上記の基本料金に相当する月額5.52ユーロを徴収するようになった。

なんとドイツではすでに受信料がとられているではないか。
ところが、

この裁判ではインターネット接続の可能なパソコンだけを所有する学生が,ARD加盟局の1つであるWDRの受信料支払い請求は無効であると主張して裁判を起こしていた。裁判では,この種のパソコンを「所有」していたら直ちに「ラジオを聴いている」と見なしうるかが争われ,公共放送ARDとZDFがドイツ人の視聴行動について行った調査のデータが検討された。その結果,15歳以上のドイツ人のうちネット・ラジオを聴いているのは2.1%に過ぎず,オンライン・パソコンの使用者における割合でも 3.4%というレベルだったため,インターネット接続の可能なパソコンの所持から自動的にラジオおよびテレビの受信に結びつけるには無理があるという判断に至った。

というわけで、そりゃそうだよな、とちょっと安心。やはり拒否できるはず。
しかし

 その後WDRは控訴しているが,それだけでなく,これでPC受信料についての最終的な決着が付くわけではない。というのは,PCを含めた受信機所有の有無にかかわらず受信料を徴収する可能性も含めて,行政が新たな受信料徴収方式に向けて議論を続けているからである。

というわけで、とる側はとりたくてしょうがないのだ。だから

 公共放送がPC受信料徴収を提案したのは,第一に,技術的な変化による。当初,専用の受信機がなければ視聴できなかったラジオ・テレビをPCで受信することが可能になり,その数が増えてゆけば,大勢のラジオ・テレビ受信者から受信料を徴収できないという事態が拡大されてゆくことになる。
 第二には,これを将来における受信料制度の危機と見たことによる。PCは若年層ほど使用者が多い。しかも,ARDもZDFも全年層を通じた視聴シェアでは依然としてそれぞれ4強の一角に踏みとどまっているが,若年層だけを見れば,商業放送に遠く及ばなくなっている。若年層は,将来における中核的受信料支払者層であるから,公共放送としてはその若年層との距離が広がってゆくことを放置するわけにはゆかない。

こんなふうにあれこれ理屈をこねくりまわしてくる。それでも苦労はしているが、

PC受信料への反発と新たな徴収方式の摸索
 しかし,97年においては,経済界だけでなくデジタル化・情報化を進めたい政府からも反対を受け,実際にパソコンからの受信料が実施されたのは,前に触れたように,最初の提案から10年を経過した2007年1月だった。
 実施に当たっては,制度の複雑さや負担の公平をめぐって業界およびPCユーザーから反発のあることが予想された。そこで受信料制度について決定権を有する,各州の首相たちは,2006年10月の州首相会議で受信料徴収のより合理的な方式を検討することで合意し,それ以来,2013年までに成案を得るべく議論を続けている。

こんなどす黒いアイデアが次々と。

(1) 頭割り(Kopfpauschale) 方式:これは機器所有とは無関係に,成人1人につき9〜11ユーロを徴収するというものである。この方式は独身者と,新たにPC 受信料を支払わねばならなくなった企業の負担を軽減するが,夫婦や成人した子供のいる家庭では現行方式より負担が増えるため,国民政党は歓迎していない。この方式は収入の多少に関わりなく同額を徴収するため,“人頭税”方式としてその逆累進性を批判されることが多い。
(2) 世帯徴収方式:世帯もしくは住居単位で徴収する方式だが,世帯内の誰が払うのか,また,受信機がなくても支払わねばならないのかなどの問題がある。
(3) 州税化もしくは付加価値税化:現行の受料は公共放送の利用料金ないしは放送サービスに対する出資負担金という性格のものであるが,これを税金に変更する。これについては,政治によって料額を押さえ込まれるおそれがあるなど,国家からの距離を確保することに対する懸念があるが,各州首相下で放送政策の実務に当たっている放送担当官の間では支持者が多いと伝えられている。
(4) 放送税:世帯および事業所単位で徴収する目的税であるが,ここでも国家からの距離をどう確保できるかが問題とされている。

やはり未来は暗いのか。

まとめると、
今回の法改正でただちにPCは受信料を払えということにはならないだろうが、そうしたい人達はたくさんいるということだ。そして眈々とその実現を目指して地ならしをしている。
今回の法改正のには論点が他にもいろいろありそうで、実はかなり大きな変化を通信・放送業界にもたらすのだろう。
ネット配信も放送としてとらえるということで、NHKが番組のネット配信に向けて次々と動くはず。
それに伴ってネット民の反発を緩和するために多少の飴玉も用意するだろうが、彼らの基本的な狙いは
あくまでも彼らの権益の維持拡大、収入の増加、ネット空間の統制にあることを忘れてはいけない。